2014年06月26日

Q わたしの思考探求@


NHK「Q」制作班 編
NHK出版
1300円
2011年2月

P115 愛というものは、自分の欲望を満たしたうえで初めて生じてくるものではないでしょうか

恋愛を考えるための5冊
「愛するということ」エーリッヒ・フロム
「神話の力」ジョーセフ・キャンベル&ビルモイヤーズ
「私の恋愛教室」福田恆存
「図説 「愛」の歴史」ジャック・アタリ
「哲学はこんなふうに」アンドレ・コント=スボンヴィル
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2014年06月22日

脳の中の「私」はなぜ見つからないのか?



著 前野隆司
技術評論社
1880円
平成19年9月

P115 和・美・技はいずれも調和の上に成り立っている。戦いのような緊迫感の上に、ではない。これは前にも述べたように、無意識の小びとたちが協力して「意識」の源を作り出して様とよく似ているのである。

P149 人間はなんて愚かなのであろう。本質的な目的のない人生を、他者との競争のために消費した後に死んでいく。 心の小びとたちがやっているように、強調して和の世界を築ければいいのに。

最終章の対談が面白い。著者の意見に真っ向から反論する姿勢が見え、緊迫感がある。
ラベル:前野隆司
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2014年06月21日

街に顔があった頃



著 吉行淳之介 開高健
新潮文庫
240円
昭和63年2月

愛読している開高さんの対談もの。

表紙には「浅草・銀座・新宿」と書いてあり、

いかにもそれぞれの街に関する対談かと思われるが、

裏表紙の解説には「猥談」と書いてあり、まさにその通り。

どちらかと言えば吉行氏が聞き役で開高氏が話すという感じである。

開高氏の既読の本に登場しているような話しも含まれているが

対談という形で面白味を増しているところもある。

お二人の人間性が現れていて面白い。
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2014年06月19日

完訳 チャタレイ夫人の恋人



著 ロレンス
訳 伊藤整
補訳 伊藤礼
新潮文庫
760円
平成8年11月

P433 「・・・プラトンやアリストテレスが肉体を殺し、キリストがさらに息の根をとめてしまったのよ。」

P481「金で建てられ、金で花咲き、金で死んでいる。まさに金で死にかけている!金、金、金、淫売、そして死!」
ラベル:ロレンス
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2014年06月18日

「「死ぬのが怖い」とはどういうことか」



前野隆司
講談社
1500円
2013年1月

P14 では、感情は何のためにあるのかというと、一般に、それを他人に伝えることによってコミュニケーションを高度化するためだろうと言われている。

P147 「脳は天才だ!」日経ビジネス文庫 茂木健一郎

P224 自分と他人を比較しない人々には二つのタイプがあると考えられる。
他人を見ないタイプと自分を見ないタイプだ。
(目指すべきは欲を自分の中心としない後者のタイプ)
ラベル:前野隆司
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2014年06月17日

記憶



前野隆司
ビジネス社
1400円
2009年3月

P219 それは、世の中のすべての現象を全体としてモデル化できた感じと言ってもいいし、自分はなぜ何のために生きているのかを、理念・信念のレベルから、日々の生活レベルまで、統合的に理解できた感覚と言ってもいい。
ラベル:前野隆司
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2014年06月16日

錯覚する脳「おいしい」も「痛い」も幻想だった


前野隆司
筑摩書房

P218:世の中に根源的な「価値」などというものは存在しない・価値とは、のっぺらぼうから生まれた人間が、勝手に作りあげた概念に過ぎない。ところ変われば価値は変わる。もちろん、現代哲学はそれに気付いており、それがまさにニヒリズムだ。

ラベル:前野隆司
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2012年12月17日

人生の短さについて

 

著 セネカ 
訳 茂手木 元蔵 
岩波文庫 
460円 
1980年11月 

ストア哲学の中心人物セネカの著作。 

「怒りについて」を以前に読み、こちらも機会があればと思っていた。 

本書には「人生の短さについて」、「心の平静について」、

「幸福な人生について」の3編が納められている。

本書の解説のよればストア哲学の原則は

「自然に従う生活が幸福な生活である」(P225)としているらしい。 

「人生の短さについて」では「酒と性のみに熱中する者たち」を

これほど恥じな事に心奪われる人間はいないとしている。 

そして生涯をかけて学ぶべきは「死ぬこと」(P22)とのこと。 

「心の平静について」では「われわれが苦しむのは環境が悪いのではなく、

われわれ自身が悪いのである。」としている。 

最近、「貧乏」に関する本をいくつか紹介しているが

セネカも貧乏礼賛派であり、

「貧乏には失う原因が少ないだけ、

それだけ苦悩も少ないことを知らなければならぬ。」(P87)と言っている。 

さらに「倹約しなければ、どれほどの多くの財でも足りないし、

また倹約すれば、どれほど僅かな財でも十分に使えないということもない。

殊に、その救済策は手近にあり、貧乏でさえ、

財を上手に切り盛りすれば裕福になることもできるからである。

われわれは身近から華美を取り除くように、

また事物の効用は評価しても装飾は評価しないように習慣をつけよう。

食物は飢を押さえるほどにし、飲料は渇を医すほどにし、

欲情は必要欠くべからざる限度に発散しよう。

学ぶべきは、おのれの手足に頼ることであり、

また衣食を当世風に合わせることではなく、

父祖の慣習の勧めに応ずることである。

更には、節制を強め、贅沢を抑え、名誉欲を差控え、

怒気を和らげ、貧乏をながめるのに公正な眼を用い、

質素を培い、たとえ多くの人々は恥じようとも、

それにもかかわらず自然の要求には、

安価に得られるものを当てて癒すことである。

また、制しきれない望みや、

未来に逸る心は鎖でつなぎ止めておくようにし、

運命からというよりも、

自分自身から富を求めるようにすることである。」(P92)とのこと。 

貧乏に対する崇高な考え方である。 

「幸福な人生について」では「私が最善の人間と同等になることではなく、

悪い人間よりも善くなる、ということである。

毎日毎日自分の欠点を幾らかでも取り除き、

また自分の過失を責めること、これができれば私には十分である。」としている。 

こうした考え方は堅実かつ健全であると思われる。 

以上、ほとんどが抜き書きとなったが為になる哲学書であった。



 

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2012年12月15日

<貧乏道>を往く

 

著 川上 卓也 
春秋社 
1,600円 
2008年11月 

「貧乏という生き方」が面白く、こちらも手に取ってみた。 

「貧乏という生き方」に抜けていると思っていた部分が書いてあり期待通りだった。 

まずは「シンプルライフ」の定義を「簡単に申し上げますと、

生活自体が自分自身の邪魔にならないこと。」(P12)としている。 

つまり、色々な欲望があるとそのために金が必要となり働く時間が増え

本当にやりたいことが出来なくなる。

本当にやりたいこと以外の欲望を満たすための時間も必要で生活が混乱する。

そんな状態が生活自体が自分自身の邪魔になっている状態としている。 

その状態から抜け出るためにまず「ベクトル」を決める。

自分の本当にやりたいこと、みたいな意味合いと思われる。

そして「スカラー」をなくす。

本当はどうでもいいけど周りのみんなに合わせるために必要な事や物、

メディアで見聞きした欲望等をスカラーと呼びこれを少なくしていく。 

そのための方法論なんかも書かれている。 

節約術についても、それはあくまで戦術であり、戦略では無いとしている。

本当にやりたいことのために(例えば釣りの為に)

お金が必要(もう少し長い釣り竿が欲しい)、

じゃあ節約するという事であれば戦略の中で節約という戦術が生きるとしている。 

対比として面白いと感じたのが7万円あれば

生活には困らないからお布施はいらないとしている。

以前に紹介したニート本とは違う側面も見える。 

本書にはソーローの「森の生活」が紹介されている。

以前に挫折しているが再度挑戦してみたくなった(これもスカラーの一つと思いつつ)。 

 ・「バックパッキング」入門 芹沢洋一



 

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2012年11月29日

貧乏という生き方

 

著 川上 卓也 
WAVE出版 
1,400円 
2010年1月  

 本書は2002年発行の「貧乏神髄」を増補し、改題したものとのこと。 

自ら望んで貧乏生活を楽しんでいる著者の知恵や風物、

思考などについて書かれている。 

電気釜ではなく土鍋でご飯を炊く、キセルを使ってタバコを吸うなど、

ちょっと楽しそうな生活があれこれ紹介されている。 

今の時代、個が無いと著者は主張する。

考えること無く生活し周囲にあわせて生活する。 

そして、時代の流れで一億総貧乏に流されていく。 

そんな中自ら、貧乏に降りて時間を得て自ら考えることが大切ではないか、との主張だ。 

本書には貧乏の参考書としてソローの「森の生活」など紹介されているが、

他に最近気になっている開高健の著書も紹介されている。 

自給自足とか貧乏という言葉に憧れを持ってしまうのはなぜだろう。 

仕事を休んでじっくり考えてみたい。 


・ワルシャワ貧乏物語 
・ロビンソンの末裔 
・日本三文オペラ 

・耐乏PressJapan.


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2012年11月22日

ニーチェの警鐘

 

著 適菜 収 
講談社+α新書 
838円 
2012年4月 

著者は作家、哲学者とのこと。 

「B層」という社会にはびこる層を想定し研究している方のようである。 

本書は今までのニーチェは誤読されていると主張する。 

そして「B層」の解説、グルメ、音楽、政治、評論家と

著者がB層と判断する方達を徹底的に批判する。 

読後の感想は私も間違いなく「B層」だなということ。 

これ以上何か書くと著者の鋭い批判にさらされそうで恐ろしいのでやめておく。 

(きっとこんなブログは見もしないだろうけど。)




 
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2012年11月02日

それでも人生にイエスと言う

 

著 V・E・フランクル 
訳 山田 邦男/松本 美佳 
春秋社 
1751円 
1993年12月 

P24:(タゴールの詩) 

私は眠り夢見る、
生きることがよろこびだったらと。 

私は目覚め気づく、
生きることは義務だと。 

私は働くーすると、ごらん、
義務はよろこびだった。 

P25:
そういうわけで、生きるということは、ある意味で義務であり、

たったひとつの重大な責務なのです。

たしかに人生はまたよろこびもありますが、

そのよろこびを得ようと努めることはできません。

よろこびそのものを「欲する」ことはできません。

よろこびはおのずと湧くものです。

しあわせは、けっして目標ではないし、

目標であってもならないし、

さらに目標であることもできません。

それは結果にすぎないのです。 

P27
その転換を遂行してからはもう、

「私は人生にまだなにを期待できるか」と問うことはありません。

いまではもう、「人生は私になにを期待しているか」と問うだけです。 

P32:
・・・むしろ重要なことは、自分の持ち場、

自分の活動範囲の大きさは大切ではありません。

大切なのは、その活動範囲において最善をつくしているか、

生活がどれだけ「まっとうされて」いるかだけなのです。 

P216
「われわれは世界につうずる道をたどってのみ自分の自我に帰るのである。

われわれが自分の不安から自由になれるのは、・・・・・・自己放棄によって、

自己を引き渡すことによって、そしてそれだけの価値ある事物へ自己をゆだねることによってである。

これこそ自己形成の秘密である」 


先日、フランクルの入門書を読了したので、

その本の中で比較的易しいと紹介されていた本書を手に取った。 

幸福や成功、こういう類のものはそれ自体を追い求めるのではなく、

あくまで付随物であるという考え方である。 

 人生が自分に期待している、

それに応えることによって得られるものであるという。 

 フランクルの考え方が最近の私には一番しっくり来る。





 



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2012年10月28日

フランクルに学ぶ

 

著 斉藤 啓一 
日本教文社 
1,429円 
平成12年6月

・「自分の成功や楽しみには目もくれぬ人

ー自分を忘れ、ある事やある人に、仕事や人間に愛を傾ける人ー

そんな人には、すべてがひとりでにやってくる。成功も楽しみもである。」(P3) 

・「未来には、あなたによって生み出される何かが待っている。

人生は、あなたがそれを生み出すことを期待しているのだ。

もしあなたがいなくなれば、その何かも、生まれることなく消えてしまうのである。

人生は、あなたがそれを生み出すのをまっているのだ」(P34) 

・「人生は、結果の責任まで人間に要求したりしない」(P35) 

・真の勇気が試されるのは逆境のときではない。

幸運のときどれだけ謙虚でいられるのかで試される。(P71) 

・マックス・シェーラー(P97) 

・ハイデッガーやヤスパース、ビンスワンガー、

マルセルといった実存哲学者たちからも影響を受けたようだ。(P98)

・何であれ、自分を忘れ、

自分を超越して情熱を傾けることができるであれば、

すべては意味となり得るのだ。(P145) 

・肉体は「快楽」を求めるが、魂は「感動」を求めるのではないのか?

両者はしばしば衝突や対立をするけれども、

人間の本質が魂であることを考えるなら、

自らの人生がどれだけ幸福で満たされていたかということは、

どれほど快楽を得たかではなく、

どれほど感動を得たかによって決まるのかもしれない。(P150) 

・「快楽とは結果である。

人間が自己超越を遂行するとき、

つまり他の人間を愛したり仕事をすることに専心するときには、

いつでも生じる副次的結果である。

だから、快楽を手に入れ自己を実現する道は、

自己献身と自己忘却とを経由するのである」(P190) 

・「超意味が何であるかを知る自分そのものが存在しない状態」、

つまり自己超越した状態、

それがまさに超意味だからである。

換言すれば、

「愛が何であるか知ることはできない」のと同じことなのだ。

なぜなら、愛が何であるかを自覚する自分が存在しない状態、

それが愛だからである。(P192) 

・人間が、自らの存在と生きる意味に疑問を投げかけるのは、

結局のところ、自分自身が本質的な自分(ロゴス)とかけ離れているからである。

空虚感や孤独を感じるのは、そばに人がいないからではなく、

本当の自分がいないからなのだ。

「自分」がいれば、決して意味を問うことはない。

なぜなら「自分」こそが究極の意味(超意味)だからである。(P192) 

・「それでも人生にイエスと言う」(春秋社)(P216) 

・「フランクル心理学入門ーどんなときも人生には意味がある」(諸富祥彦著、コスモス・ライブラリー、1997) 

・「生きる意味への問いーV・E・フランクルをめぐって」(山田邦男著、佼成出版社、1999)(P217) 



フランクル、興味のあった人物だがなかなか読む機会がなかった。 

人生に期待するのではなく、人生が自分に期待している。 

こう考えることは決して楽ではない。 

その時そのときの自分の行動で人生に応えていかなければいけないのだから。 

それでも、人生は結果の責任まで人間に要求していない、

という言葉によって救われる。 

フランクル自体は宗教観を持っていたようだが、

宗教観のないものにも受け入れやすい人生観である。




 

ラベル:斉藤 啓一
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2012年10月27日

愛とは何か

 

著 小林 司 
NHKブックス 
1,020円 
1997年9月 

本書のタイトルは「愛とは何か」である。 

この本のすごいところはタイトルにきちんと答えているところである。 

「愛とは、個人もしくは複数の人に対して、

相手の幸せと成長とに心づかいをし、共感的に相手を理解し、

優しく扱って、親密感と愛着を抱き、すべてをありのままに受容して許し、

無条件で自分を与え、ともに成長すること」。(P129) 

此の手の本は研究事例を延々と並べ立てて

タイトルに対する自分の答えを出さず仕舞いという本が多い。 

此の本はその愛の定義が的確かどうかは別として

きちんと回答している点が気に入った。 

また、此の定義もかなり的確と感じられる。 

著者の潔さが感じられほか読んで気持ちのいい本である。 



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2012年10月06日

さもしい人間

 著 伊藤 恭彦 
新潮新書 
720円 
2012年7月 

「政治哲学」という分野の本らしい。 

ただ、あんぱんまんやウルトラマンが登場しとても分かりやすい議論に徹してくれる。 

政治哲学を学んだことがないのでよく分からないが入門書としてもいいのかも知れない。 

本書で扱うテーマは「正義」である。 

私が安いファーストフードの食べ物の恩恵に預かるためには

搾取工場で働く人の犠牲があったり環境破壊があったりする。 

そんな私の生き方は「さもしい」と問いかけてくる。 

そう、本書にも書いてあるがこういう問題を考えるとき、

結局は自分自身ではどうにもならないから考えないようにしようという態度になる。 

私はいつもそうだ。 

本書ではこういう状況に「制度」で立ち向かおうと提唱する。 

そのために必要なのが政治である。 

増税ありき、減税賛成という議論ではなくどういう制度を国民が望んでいるのか?

という議論が先だろうという主張のようだ。 

自身の生活の見直しに、

今後の政治を見る際の指針に役立ちそうな一冊である。



 
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2012年09月21日

幸福の条件 新道徳論


著 鹿島 茂 
潮出版社 
1,300円 
2012年6月 

幅広い範囲をカバーしている著者の鹿島氏。 

今回は雑誌に連載されていた「新道徳論」を一冊にまとめたもの。 

今の時代には「腹八分目の貪欲」が欲望のあり方として望ましいとしている。 

精神主義と効率主義の時代が繰り返されているという主張は分かりやすく面白い。

また、教育にまでお客様は神様です的な思想が持ち込まれたという主張にも納得がいく。 

本書の中で繰り返し例えに出される電車に乗るときの列についても納得のできる説だった。 

「腹八分目の貪欲」とは正しく欲望追求するための方法である。 

全力でなく、腹八分目。 

わかりやすさの中にも哲学的要素を感じた。


 
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2012年09月07日

人生の価値について


著 西尾幹二
新潮選書
1,100円
平成8年6月25日

著者は昭和10年生まれ、東京大学文学部独文学科を卒業された文学博士とのこと。

ニーチェやショーペンハウアーなどの訳書がある方である。

この本は平成6年に「北海道新聞」から日曜版に毎週1回、二年にわたり掲載された人生論のコラムから生まれた。

このコラムの執筆より前に著者は舌癌との闘病生活をしており、

前半それを感じさせることはないが全編にわたりこの経験から着想を得ていることが後半部分で明らかになる。

成功はよいものであるという一面的な思考ではなく、失敗も成功も経験であり全てに意味があるという考え方には共感できるし

また、著者の人生経験の奥深さが伺える。

何事においても両面的、多面的な思考がなされている。

考えてみれば日々の生活において「行き詰まる」時というのは物事を片方の面で捉えるからであり、

その側面、さらに

は裏側までに思考が行き届けば恐らく「行き詰まる」ことはないだろう。

哲学者の言葉や史実に基づき

また、インドの身分差別などを実例に著者の思いを伝えてくる本書は

「効率」よく成功するなどをお題目にしているビジネス書などよりも重く心に響く。







ラベル:西尾幹二
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2012年09月04日

ナリワイをつくる

著 伊藤洋志
東京書籍
1,300円
2012年6月

私自身、今の日本社会の働き方には疑問を持っている。

当ブログでも「ダウンシフト」や「月3万円ビジネス」などを紹介している。

この本もやはり現代日本の働き方に疑問を呈する本といえる。

大資本が提供するサービスは色々な制約があり満足のいくサービスとはならない。

そこを個人でもしくは小グループで賄い本当のサービスを提供できれば自分にも顧客にもいいのではないか?

というのがすごく簡単にした本書の主張だ。

その仕事をナリワイと呼び、自分にも周りにも好影響をもたらす仕事をしようというもの。

そこには「効率」の二文字はない。

故に多くは稼げない。

よって余計なコストを減らすことを考える。

一つのナリワイではなくいくつか組み合わせる。

考えただけでもなんと理想的な働き方だと思う。

今の高齢者たちは戦後日本の高度成長期を支えたという意識が強い。

そして強烈な成功体験をしている。

この世代からの攻撃を覚悟しつつ実践していけたらと思う。

私が今考えついた「ナリワイ」。

自転車の修理(主にパンク)。

私の住んでいる団地には自転車屋さんがない。

パンクすると徒歩30分の道のりを自転車を引きながら歩いていかねばならない。

ところがパンク修理のセットを売っているホームセンターは近くにある。

だけど、自分でやるのは面倒という人も多いし、年輩の方にはなかなか難しいだろう。

そこで自転車販売はせずに修理のみ行う。

近年買い物難民が増えているというが自転車屋難民も増えているのではないだろうか。

ちょっとこうして考えてみても色々思いついて面白い。








ラベル:伊藤洋志
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2012年08月23日

「恋する身体」の人間学

 
著 小浜逸郎
 ちくま新書
 700円
 2003年6月

 ここ数年追いかけているテーマとして「性欲と人生の関係」がある。

今回は「性欲と人生の関係」と露骨に書いたがその時によってテーマ自体の名称は変わるであろう。

 ただ、内容としては概ね理解頂けるかと思う。

 著者は1947年生まれ。家族論、教育論、思想、哲学などの批評活動をされてきた方のようである。

 この本は講演に大幅に加筆訂正したもののようである。

 最初の方で身体と情緒についてプラトンやデカルトなどは偏った考えにとらわれ結論がねじれていると主張している。

 この時点で凄い人がいるものだと感心した。

 私なぞはソクラテスだ、プラトンだと聞いただけで恐れをなして学ばなければと思いこそすれ、

どこが間違っているかという観点

では読めていない。

 そして、身体には意味があり、また情緒もしかりである。

意味にはエロス的な意味と社会的な意味がある。

 そしてエロス的な意味においては交換不可能な身体である。

 恋人は他の人で代用できないけど、社長はできるという意味で。

 おそらくここまでは理解できていると思う。

 ここと性愛感情の解説が上手く繋がらない。

 性愛感情は不安定である。

そして性愛感情を神、人間というタテ関係にしたものが宗教である。


 ビジネスホテルには聖書とアダルトビデオがある。

 これは寝食が満たされているとき人間は自分に不十分なものを感じる。

 これを満たすためのものである。 

ともに共同性を目指すものであるが、アダルトビデオは相手の身体を相互に目指すものである。

 結論として何となく理解できるが何か釈然としない。

 偉大な哲学者達を切り捨ててでてきた結論としてしてどうもかゆいところに手が届いていない感じを受けてしまう。

 だけど何故かがわからない。 

そもそも私自身がこのテーマに何を求めているのか今のところはっきりしない。

 だからいつもこういう結果に終わるのかも知れない。
深く検討してみたい。


 

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ラベル:小浜逸郎
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2012年07月23日

ブーバーに学ぶ

 

著 斉藤啓一 
日本教文社
 1,524円
平成15年12月

 「平和の哲学者」マルティン・ブーバー(1878ー1965)の思想のと生涯の解説書である。

 最近、哲学や思想に関する本を比較的多く読んでいるつもりであったが「ブーバー」の名前には記憶がない。

 もしかしたら今まで読んだ本の中に名前がでていたのかもしれないが記憶に残っていなかったのかも知れない。

 「我と汝」、「我とそれ」という我との繋がりかたの二分類から始まり

他のもの(者、物)との繋がりに関することが中心となる思想と解釈していいのだろうか。

 ナチス政権時代を経験しているユダヤ人であるということだけでその苦労は伺えるが、

ユダヤとアラブの平和のために活動し結果としてその両者から睨まれるという事態にな

りながらも

一歩も引かないその態度にはやはり神の存在抜きでは語り得ないであろう。

 この世は善、悪などの両極で構成されているがそのどちらに傾くでもなく「狭い尾根」を歩むことを勧め、

自身が実践して見せている。

 正直なところ私自身がまだブーバーの思想をよく理解できていない為にうまく説明できないが

強烈な興味を抱かされたことは間違いない。

 トルストイの人生論にはこれはいけない、あれはいけないと書いてあるが、

では何をすればいいのかとなると自分の良心に従えば自ずと見えてくるだろうという突き放しが感

じられる。 

このトルストイで得られない部分をブーバーの中に感じる。 

ブーバー自身の著作にも挑戦してみたい。



 

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